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KAYOの観劇日記

KAYO
観劇日記と配信生活を執筆。細かいデータまできちんと調べ、ミュージカル愛に溢れた、長くてもあっという間に読んでしまう文章が特徴。文章に魅了されたKAYOファンが多数。
⭐️観劇日記8⭐️
【 ひめゆり 】

私事で恐縮だが、私は戦後十数年経った頃に生まれた戦争を知らない世代だ。
だが、私の子どもの頃の日常には、まだほんの僅かに戦争の匂いが残っていた。
私の父は二十歳で招集され、いざ戦場へと向かう当日に上官から呼び出されて、自分一人だけ別のトラックに乗せられ、着いた所はなんと皇居だった。
そのまま近衛兵として数年を過ごし敗戦を迎える。
父は入隊までは上野にある木綿問屋に奉公していたが、空襲で上野は焼け野原になり店の主人も密かに憧れていたお嬢さんも行方不明で、仕方なく生まれ故郷の山梨に帰ることになる。
因みに最初に徴兵された部隊は南方戦線に送られ玉砕。一緒に徴兵された父の友人たちは、その殆どが帰らぬ人となった。
母は夫と共に大陸に渡り、電気技師として満鉄の仕事を請け負っていた夫と、子供二人と太源という町で暮らしていた。
日本の敗戦が濃厚になった頃、夫が中国人のゲリラに殺され、4歳だった下の娘を病で亡くし(飲ませる薬もなかった)二人の遺骨を抱き、上の姉の手を引いて、命がけの逃避行で何とか日本に辿り着いた。
7歳だった姉は可愛そうに、頭が飛び散って顔が半分しかなくなった血まみれの父親の顔を覚えている。
父に起きた奇跡は、おそらく検眼表の一番下まで見えたという視力のせいであり、母に起きた奇跡は、山梨の西郡(ニシゴオリと読みます)特有の甲州訛りを話したから。(長くなるので説明は省きます)
そんな奇跡を経て生き残り、故郷の同じ村に帰ってきた二人にどんなラブストーリーがあったかは知らないが、結婚して10年以上経った頃に父にとっては待望の実子(私)が生まれた。父35歳、母42歳の春である、
戦争についてはそれほど多くを語らない父母であったが、折につけ辛い体験を口にすることがあった。私はいつも寝物語にそれらの話を聞いていた。
近所にはまだ戦争体験者がいっぱいいたし、戦地で足を失ったおじさんもいた。
通った中学は県内でも話題になるほど革新的な教師が多く、未だ皇国思想が抜けない親たちも多い中、毅然として平和教育を徹底した学校だった。
そんな環境で私は育った。
長々と個人的な話をしてしまって申し訳ない。ただ私のバックグラウンドをご理解して頂いた上で、この作品のレポを書きたかったのです。
*******
1945年3月から3か月余り、日米両軍は沖縄で住民を巻き込んだ地上戦を繰り広げた。米軍は日本本土攻略の基点として沖縄を確保するため、日本は米軍の本土上陸を一日でも遅らせるための作戦として、壕に潜んで長期戦に持ち込む持久戦を取った。
沖縄では17歳から45歳までの男子は強制的に徴兵され、殆ど軍事的訓練も受けないまま戦場に駆り出された。実際は16歳以下の男子も鉄血勤王隊などの学徒隊として戦争に参加し、女子は看護補助を主な任務として各野戦病院に送り込まれた。
ひめゆり学徒隊は沖縄師範学校と沖縄第一高女による部隊で、15歳から19歳までの生徒222人と教師18人が南風原陸軍病院に配属された。病院といっても建物は攻撃されやすいので、丘の斜面に横穴式の壕を掘って人が歩けるだけの高さに簡易的な2段ベッドが並んでいただけだった。
米軍の上陸が始まってからは次々と傷病兵が運び込まれ、生徒たちは休む暇もなく仕事に明け暮れた。戦闘が激しくなると病院は患者で溢れ生徒たちが横になる場所もなくなり、壁に寄りかかったり立ったまま眠らざるを得なかった。患者は次々と運び込まれ、病院とはいえ物資もない劣悪な環境の中次々と死んでいった。
排泄物の匂いと死臭が充満し、一日中兵士たちのうめき声や叫び声が響き、自分たちを呼ぶ声に応えて彼女たちは必死に働いた。糞尿の始末だけではなく時には足や手を切り落とす手術の助手も務めた。そうして切り落とされた手足を埋めるのも彼女達の役目だった。中には「その足を焼いて食わしてくれ」と懇願してくる兵士もいた。食糧も尽きて皆飢えていた。
劇中にあったように早朝の飯上げの重労働だけでなく、水汲み、包帯や手術器具の洗浄、死体の埋葬と、砲弾飛び交う危険な壕の外での仕事も彼女たちに課せられた任務だった。
少女たちは日本が勝って2、3週間で終わると思っていたので、リュックの中にはノートや鉛筆や娘らしい櫛や鏡も入れていた。だが何一つ使われることはなかった。髪はもはや櫛も通らずシラミがわき、汗と血の匂いにまみれた服を脱ぐことも出来なかった。食事も1日に1個の小さなおにぎりしか食べられず、皆顔色も悪くなりやせ細った。食べていないので排便もなく生理も止まった。
疲れと栄養失調と阿鼻叫喚の地獄の中で意識も朦朧として、綺麗な白い花が揺れていると見えていたものは、患者の傷口に蠢くウジ虫の花だった。
5月22日に首里の司令部に米軍が迫り、日本軍は南部への撤退を決定し、25日に彼女達がいた陸軍病院にも撤退命令が出された。丁度雨季のぬかるみの道を、負傷兵を支えながら砲弾の中を南に下った。この際に自力で動けない者は青酸カリ入りのミルクや注射で薬殺された。
南部では自然に出来た壕(ガマ)に身を潜め、迫りくる米兵に対峙していたが、彼らが望んだ支援部隊など来るはずもなく、次々と攻撃されていった。
病院機能など既になく、6月18日夜、突然に学徒隊に解散命令が出される。
これ以上もたないと判断した当局がせめて子供達だけでも自由にしてやろうとの温情だったという説もあるが、これが彼女達にとってはまさに死の彷徨となってしまう。
壕を出された少女たちは、砲弾の飛び交う中を茂みや岩陰に身を隠しながら彷徨よい歩き、次第に海岸付近に追い詰められた。ある者は飢えと渇きに倒れ、ある者は砲弾に撃たれ、ある者は海に身を投げ、絶望した教師は生徒たちを巻き込み手榴弾で集団自決した。
ひめゆり学徒隊の死者136名のうち86%にあたる117名が、解散命令が出た後のこの1週間に集中している。そして沖縄の学徒隊の男女合わせた犠牲者は2005名にのぼる。
・・・・・
話を作品に移そう。あまりに長い前書きでした、申し訳ない。
私がこの作品を観たのは今回で3回目。最初は2002年、私の中でのマリウス&アンジョルラスの最高コンビ、石川禅と岡幸二郎が出演するから、と確かそんな理由だったような気がする。主演キミは今は亡き本田美奈子ちゃんだった。
役者がどうのこうのではなく、とにかくそのストレートなメッセージに撃ち抜かれたのが、その後の私の平和を希求する大きな一つの要因にもなった。
あれから14年、父母はもうとうに亡くなり、大勢いた伯父伯母達もみな召されて、私の周りに戦争を語れる人は一人も居なくなった。
今回久しぶりにこの作品を観て、細かなデティールは忘れていてもその時の衝撃が1場面1場面を追うごとに蘇ってきて、昔の自分に戻ったような不思議な気分になった。そうだ、この手があったのだ。
人は忘れる。特に自分と関係のない事柄はすんなりと忘れてゆく。私達の年代でもそうなのだから、今の若者達には戦争なんてもはや歴史の教科書の1ページにしかすぎない。私の甥っ子はもう二人とも立派なオジサンだが、所謂ゲーム世代で、子どもの頃は戦争ごっこのようなゲームに夢中で「あと50年早く生まれていたら、おもいっきり人が殺せたのになぁ」と言って私を震撼させた。
この作品は、その後自分で学習した沖縄戦とひめゆり部隊の事実とほぼ違わない。当時の生存者ももう90代半ば過ぎで、語る事はもう難しい。ならば作品として事実をありのままに残して、次の世代に残す事が望ましいのではないか。
映像もだが、むしろミュージカルこそが最適ではないか。
そういう点で、この作品を財産にしているミュージカル座の存在は大きく意義深い。ぜひこれからも毎年の公演を続けて、多くの観客をあの頃の世界に連れていって欲しい。そして多くの青少年がこの公演を観られるような配慮を、教育関係者に切にお願いしたい。
ただ一点だけ改善して欲しいことがある。日本兵たちの髪型が現代的なのだ。
坊主にしろとは言わない。でも今どきの整った髪型ではどうしてもリアル感がない。14年前も10年前も兵士は兵士に見えたが、今回は「現在の若者が昔の軍服を着てお芝居をしている」感が拭えなかった。芝居の質は悪くないのでもったいなかった。ご一考願いたい。
作品に戻ろう。
主演キミは清水彩花、上原婦長に沼尾みゆき、檜山上等兵に神田恭平、滝軍曹に阿部よしつぐ。元コゼットとグリンダとトゥイとアンジョルラスだ。なので出来が悪かろう筈もない。
妹と共に奇跡的に家へ帰り着いたふみ。ボロボロになりながら野山を逃げ回り米軍の捕虜となり生き延びた、はる、かな、みさのトリオ。悲劇の中でもコメディタッチを醸し出す3人の達者な演技には脱帽。
病院で一人歌うゆきの「小鳥の歌」は澄んだ声で心に沁みた。どんなにか、どんなにか家に帰りたかっただろう、親に会いたかっただろうと思うと、いたたまれなくて涙がこぼれた。
キミは足の切断手術を手伝った縁で純朴で優しい杉原上等兵の世話をするが、南部への逃避行の際に彼は薬殺され、一緒に逃げた檜山上等兵はこの作品の中で唯一加害者としての側面を吐露する人だが、もうこんな世界はたくさんだと自決しようとするのをキミに止められ、彼女の説得でその目に希望を宿した瞬間、敵の機銃掃射にあいキミを庇って即死する。
嘆きながら叫びながら辿り着いたガマには、上原婦長と仲間たちと住民たちと日本兵がいた。ガマを統率していたのは滝軍曹で、必ず援軍が来ると狂気のように思い詰め、鳴き声を上げる赤ん坊の首をひねり、泣き叫ぶ母親をスパイと決めつけ銃で撃ち殺した。
度重なる米軍の投降アナウンスに、キミは白布を掴んで立ち上がる。滝軍曹がキミを撃とうとしたその刹那に、既に瀕死の重傷だった上原婦長が隠し持っていたピストルが火を噴いた。
そしてまもなく噴射された米軍のガス弾によってガマは煙で満たされた。累たる死体の下で奇跡的に生きていたキミは、仲間の死体を乗り越えてふらつく足でガマの入り口に向かう。自分の命を救ってくれた者の声なき声に背中を押されて、光の中へと。
キミや上原婦長がいたガマは、おそらく現在ひめゆりの塔が立つ井原第3外科壕と呼ばれていた大きな自然壕で、学徒や兵隊、看護婦や住民が入り混じって100人くらい隠れていた。6月19日早朝に米軍のガス弾に攻撃を受けて80名余りが死亡。劇中のキミも含めた20人が捕虜となった。
戦後ずいぶん経ってから彼らは口を開く、米軍は水や食べ物をくれて日本兵よりも優しかったと。
因みに上原貴美子婦長は実在の人物で、沖縄のナイチンゲールと呼ばれ、傷病兵に献身的に尽くし、ひめゆりの少女たちにとっても母のような存在だった。
劇中でも沼尾さんが綺麗なソプラノで少女たちを励まし続けた。
この物語ではキミの命を救い息絶えるが、実際は丘陵にて砲弾を受けて仲間の看護師を庇って即死する。まだ25歳の若さだった。
追い詰められた日本兵は、劇中の滝軍曹のような非道な行動を取る者が多かったようだが、末端の兵士たちは住民を守ろうとした者も多かったと聞く。
非情な上官として描かれている滝軍曹も、平時では優しい夫であり父であったかもしれない。何が彼らを追い詰めたのか?どうして非戦闘員である幼い彼女らが死なねばならなかったのか。
様々な背景があるのだが、日清戦争に勝利した頃から日本は軍国主義に傾倒してゆく。太平洋戦争に突入してからは、鬼畜米英、1億火の玉、負けられません勝つまでは、お国の為に死ぬ事は名誉であり、何より怖いのは「非国民」と呼ばれることだった。
父も持っていた戦陣訓には「生きて虜囚の辱めを受けず」とあり、女性たちは、捕虜になると裸にされ凌辱されて戦車で轢き殺されると教え込まれた。
少女たちはそれを信じた。そしてその教えが彼女たちの命を奪うことになる。
アメリカ率いる連合軍の戦力は後方支援部隊も含めて55万人、迎える大日本帝国軍は、現地招集された者も含めて11万人。勝てるはずもない戦いだった。
空からは爆撃機で狙われ、海からは砲弾が撃ち込まれ、上陸した兵隊の銃で撃たれ、ガマに籠ればガス砲や手榴弾、火焔砲で焼き殺された。
鉄の暴風と呼ばれた銃弾の数は1㎡に50発と言われている。
6月23日に日本軍の総司令官の牛島満と島参謀長が自決して組織的な戦争は終結したが、人格者と言われていた牛島中将は降伏ではなく「最後まで敢闘し悠久の大義に生くべし」との遺訓を残した。そのためその後も生き残った者たちは投降を許されず、犠牲者はより増えていった。
最終的に正式に降伏調印をしたのは9月7日、連合軍と日本軍合わせて20万人の死者を数え、そのうち12万人が沖縄の人々だった。
なぜ日本軍は負けるとわかっていた消耗戦を最後まで貫いたのか。それはこのレポの最初に書いた通り本土決戦を一日でも遅らせるためだった。
もっと具体的に言おう。
首都東京は本土決戦になれば脆い。天皇の命を守るためには皇居と大本営と政府をどこか安全な場所に移さねばならない。そこで選ばれた土地が長野県松代だった。
松代が選ばれたのは、内陸で近くに飛行場があり、固い岩盤で爆撃に耐えうる地盤で、地下工事をするのに十分な面積があること。そして長野県民は従順で秘密を守れるからとの理由だった。
工事は昭和19年11月から始まり、朝鮮半島から強制連行された約1万人の人々と建設業者、中・高校生も含めた地元の人々。12時間交代の徹夜工事で延べ人数は61万人に上る。
沖縄の首里陥落の時点で牛島は国に降伏することを告げたが、大本営からは南部に下って徹底抗戦をしろとの指示が来た。軍人は上官の命令には背けない。
その後の悲劇は前述した通りである。
結局、地下壕が完成する前に沖縄は壊滅し、東京空襲、ヒロシマ・ナガサキの原爆を受け、日本は死者総数310万人を数えて戦争は終結する。8割くらい出来上がっていた松代の施設はそのまま放置されることとなる。
私は職場の組合の企画で、20年位前に松代大本営跡を見学したことがある。(保存会によって一部が一般公開されている)山に囲まれた谷のような地形で、
ここなら戦闘機も大編成では攻撃できないし、父の遠視が役にたっただろうとぼんやり考えたことを覚えている。
戦後明らかになった事実を知って、沖縄の人々がウチナンチュウー(内地の人々)に怒りを覚えても無理はない。若い頃にバカンスで沖縄を訪れた時、私達の乗る観光バスを見上げる地元の道路工事の人々の、刺すような冷ややかな目を私は忘れられない。
戦争は一旦始まるとなかなか止められない。それは今のウクライナやガザを見ても明らかだ。憎しみは連鎖する。確かなことは、戦争は権力者が始めて犠牲になるのは一般市民なのだ、いつの世も。
戦後79年、平和ボケと言われる現在だが、いつ日本だって戦争に巻き込まれるかわからない世界情勢だ。私達はそうならないように目覚めていなければならない。
不穏な動きをしっかり見つめ、きな臭い匂いを嗅ぎ分け、戦争の足音を聞き分けて、流されないようにしっかり踏ん張って立っていることが、我々に出来る未来への道しるべだと思う。
長々と書いてしまいました。今回は観劇レポではなくて歴史検証みたいになってしまいました。申し訳ない。
最後まで読んで下さって本当にありがとうございます。私はたぶん、いえ間違いなく、いつもクソ長い拙分にお付き合いして下さる優しい皆様に、支えられて今を生きています。
⭐️観劇日記1⭐️
【 カム・フロム・アウェイ 】

「だって、君も同じことをしただろう?」
2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件発生。急遽アメリカの空港は全て閉鎖され、行き場を失った38機の飛行機と7000人の乗客・乗員+19匹の動物たちが、カナダの東の端ニューファンドランド島のガンダー空港に降り立った。人口9000人の小さな町が一夜にして倍になり…続きを読む
⭐️観劇日記2⭐️
【 この世界の片隅に 】

原作はこうの史代氏による漫画で、連載が評判を呼び2016年にアニメ映画化され、大掛かりな宣伝もないのにジワジワと観客を増やし、その後TVドラマ化もされ、2019年に大幅にシーンを追加された完全版アニメ映画が完成して、今回のミュージカル…続きを読む
⭐️観劇日記 3⭐️
【 ノートルダムの鐘 】

色々と忙しくてつい後回しになったレポ書きは、まず観劇時のあの空間に居た事を体に蘇えらせる、という作業から始めなければならない。これがなかなかに時間がかかり、若い頃のように簡単にワープ出来なくなっているのが何とももどかしい。ただこれが成功すれば、感情はスラスラと…続きを読む
⭐️観劇日記4⭐️
【 ビリー・エリオット 】

前にも書いた気がするが、この日記をスムーズに書くためには、あの日あの時のあの50㎝四方の空間にワープ出来るかどうかにかかっている。最近かなり忘れっぽくなっているので時間が経つとどうにも難しい。でも今回私はある種の使命感を持って書こうとしている。
誰のため?もちろん自分自身のため。
いざ戻ろう、ビリーのいる世界へ。
私がこの作品を観たのは7年前の日本初演。鳴り物入りで発表されたこの作品を早く観たくてウズウズしていた…続きを読む
⭐️観劇日記5⭐️
【 ゴースト&レディ 】

「俺は、信じたいものを信じた!!」
私としては珍しく、今回は生舞台を1回、配信を2回観ての忘備録。
追加のチケットがどうしても手に入らなかったので、アーカイブ付きの配信は涙が出るほど嬉しかった。出来ればあと数回、いやエンドレスで飽きるまで観たかった。そのくらい、この作品は私の心の琴線をかき鳴らした。
壮大でしなやかに生き抜く力を描き出す、信念を貫くフローレンス・ナイチンゲールと劇場のゴースト、グレイとの永遠の愛と絆の物語。(HPより)
キャッチコピーは…続きを読む
⭐️観劇日記6⭐️
【 天保十二年のシェイクスピア 】

4年前の東京公演がコロナのせいで千秋楽が打ち切りになり、その後の地方も中止になってしまった無念の公演でもあり、今回の再演の知らせはこの作品のファンにとっては大きな喜びだっただろう。
私と言えば、レミゼの為に空けておいた日が涙々の落選パレードでどうしてもチケットが手に入らず、仕方がないので手を伸ばした公演であることをここに白状しておこう。続きを読む…
⭐️観劇日記7⭐️
【屋根の上のヴァイオリン弾き】

ここに拙い文章を書き、皆様にいいねやコメントを頂けることが至上の喜びとなりました。いつも長いだけの文章を最後までお読み頂いている気の長い皆様に、心より感謝申し上げます。
今回も長いです。そして相変わらずネタバレ満載なのでご注意を。
今回は、お世話になっているMusical Fans’ClubTONYの副主宰、楢原じゅんやくんが出演しているこの作品。私にとっては初帝国劇場で初東宝ミュージカル。うら若き乙女が頬を染めてワインレッドの絨毯を踏みしめてから、なんともう45年。
その当時舞台と言えば宝塚しか観ていなくて、東京宝塚劇場には足繫く通っていたものの、近くて遠い帝国劇場。その憧れの劇場の扉を開いた理由は、当時大ファンだった安奈淳さんが次女ホーデル役で出演したから。
母ゴールデ役は初演から代々宝塚トップスターが務め、長女ツァイテル役もほぼほぼ宝塚出身者。作品の内容云々ではなくヅカスターを追いかけての観劇というまことに不遜な理由での観劇だったが、この作品は私にミュージカルという新たな世界を拓いてくれた。なのでその後のヲタク人生を決定づけた作品といっても過言ではない。
物語の核となるのは、帝政ロシア時代の寒村アナテフカに住む牛乳屋テヴィエとその家族の物語。そして彼らが直面する愛と別れと時代に翻弄される民族の物語。
テヴィエには25年連れ添った妻ゴールデと5人の娘がいて、貧しくても幸せな家庭を築いている。お人好しで働き者で楽天家で信心深くて常に神様と対話している。妻には頭が上がらないが娘たちをこよなく愛し、ユダヤ人集落で仲間と助け合いながら穏やかに暮らし、同じアナテフカに住むロシア人達とも程よい距離を保って共存している。
何故演目名が「屋根の上のヴァイオリン弾き」なのか。それは物語の冒頭にテヴィエによって語られる。
「アナテフカのユダヤ人はみんな、屋根の上のヴァイオリン弾きのようなもんだ。落っこちて首の骨を折らないように気をつけながら、愉快で素朴な調べをかき鳴らしている。これはた易い事じゃない。じゃなぜそんな危なっかしい所に住んでいるのかって。それはこのアナテフカが俺たちの生まれ故郷だからさ」
実際に舞台のテヴィエ家の屋根にはヴァイオリン弾きがいて、時に楽しく時に物悲しい調べを奏でている。だが実在する訳ではなくどうやらテヴィエにしか見えていない。つまりこのヴァイオリン弾きは、この時代の東欧におけるユダヤ人のメタファーなのだ。
ロシア人と共存と書いたが、同等の立場ではない。巨大なロシア帝国の片隅にコロニーを作って暮らしているユダヤの民であり、その宗教も経済もロシア人とは明確に立場が違う。
弱い立場である彼らが生き延びるために必要なものが「しきたり」であり、そのしきたりを守ることが神への契約であり、自分たちの団結を支え身を守る術にもなっている。
ここでちょっと彼らの宗教についてごく簡単に説明します。私よりもよくご存じの方も多いでしょうから、もし間違っていたらご指摘下さい。
ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も元は同じ唯一の神を信じる宗教です。ユダヤ教はシナイ山でモーゼが聞いた神の声、その時に神と交わした契約を一途に守る人々で、神は姿形のない絶対的な存在でその古い契約を固く守ることで救われると信じている。
キリスト教はその神の子イエス・キリストが肉体を持って現れ、彼を信じることで神の御許で救われると信じる人々。人は神の似姿であり、よりその存在が想像しやすくなっている。
ロシア正教もキリスト教の一派でカトリックとかプロテスタントと並び立つ大きな宗派で、ロシアでは圧倒的に信者が多い。
イスラム教では預言者マホメッドが現れ、唯一神アッラーを崇めマホメッドが伝えたコーランを聖典として中東で栄えている。
この三つの宗教の大元の神は共通で、旧約聖書のアダムとイヴは共通のルーツになる。共通の神を崇めながらその後は違った発展をして、その違いが民族間の差別や争いを孕み、歴史上数多の宗教戦争に繋がってしまっている。宗教は本来人々に希望と安寧をもたらすものであるべきなのに、宗教ゆえに人は敵対し殺し合い地獄に堕ちている。なんだかなぁ。。。
ユダヤ教の特徴としては選民思想がある。ユダヤ人の我々こそが神に選ばれた民であり、神は常に傍に居て下さり最後に生き残るのは自分たちだと固く信じている。
モーゼの時代から迫害の歴史を持ち世界中に散らばってしまったユダヤ人達だったが、その信仰ゆえに他の宗教のように他民族への布教はせず、昔からのしきたりを守ることで共通の意識を持ち続け、民族の絆を深めてきた。なのでしきたりは彼らの規則でもあり生きるよすがでもある。
テヴィエもそんなユダヤの民であり、このアナテフカの地で村の仲間達と支え合って生きている。(やっと本筋に戻ってきたw)
彼の5人の娘がのうち上3人はお年頃。しきたりだと仲人が結婚話を持ってきて親が認めれば結婚は成立。本人達の意思は尊重されない。
長女ツァイテルには金持ちの肉屋のラザールの後妻話がもたらされ、裕福な暮らしが出来ると母ゴールデは大喜び。テヴィエも自分より年上の婿に複雑な思いだが、見染められた娘は幸せになれるだろうと話を受ける。だがツァイテルには幼馴染のモーテルという貧しい仕立て屋の恋人がいて、縁談を断ってくれと泣いてすがられる。結局娘の願いを聞き届けるテヴィエ。
その頃村にふらりと現れたキーウの学生パーチックを気に入り、下の娘たちの家庭教師にと招き入れる。進歩的な考えの彼は、聡明で理知的な次女ホーデルと恋に落ちる。二人は自分たちの自由意思で婚約をしてしまい、結局テヴィエも娘の幸せを願い受け入れるしかない。
三女チャヴァはあろうことか、ロシア人の学生フョートカと恋仲になり結婚をしたいと言い出す。異教徒との結婚などありえないので、さすがにこれはどうしても受け入れられず猛反対をすると、チャヴァは家を出てロシア正教の教会で結婚式をあげてしまう。
先祖の代からこのアナテフカでしきたりを守って平和に暮らしてきたテヴィエのアイデンティティは、娘たちによって粉々に砕かれてしまう。だが結局は民族の誇りより娘たちへの愛が優る。テヴィエもゴールデも時代の変化を受け入れるしかないのである。
ツァイテルとモーテルの楽しい結婚式に、うまく付き合っていたはずの顔見知りのロシア人たちによる破壊攻撃があり、やがてロシア政府よりユダヤ人の強制立ち退きの命令が下る。
因みにまたウンチクを垂れると、ロシア帝国によるユダヤ人排斥はポグロムと呼ばれている。この舞台の1905年は革命の前夜にあたり、帝政への反発が革命の危機を孕みかけていた時代。
きっかけになったのは1881年のアレクサンドル二世の暗殺。政治的なテロであったが、後を継いだアレクサンドル三世(アナスタシアのお父さん)はなんとこの事件をユダヤ人の犯行と決めつけた。つまり政府は革命を避けるために、国民の不平不満をユダヤ人に向けることで鉾先を変えようとしたのだ。
そしてそれは成功してロシア全体でポグロムの嵐が吹き荒れることになる。(結局革命は起こるけどね)
ここまで書いてきた文章を読み返すと、なんだかとても重苦しいミュージカルのようだが、全然そんなことはない。
冒頭はキャスト総動員の楽しいダンスで始まる。音楽はクレズマーと呼ばれる独特の調べで、老いも若きも手を繋いで輪を描いて踊る。結構激しい動きで79歳のツレちゃん(鳳蘭)まで踊っている。ブラボー!
娘3人のダンスと歌もあるし、酒場でのロシア人も巻き込んでのダンスシーンもある。圧巻なのはツァイテルとモーテルの結婚式の宴で、見ている観客も共にその幸福感に心満たされる。
この結婚式で歌われるのが有名な「陽は上り陽は沈む」で、私が唯一歌詞カードを見ないで歌える曲だ。何故かというと友人の結婚式で歌っちゃったから。でも何の曲か知っているのはたぶん新婦だけ。(笑)
また話が逸れてしまった、申し訳ない。
この物語は、圧倒的にテヴィエ役の出来如何にかかっている。私は1980年版から観ているので、最初のテヴィエ役は森繁久彌さん。その頃はまだミュージカル自体が日本に根付いておらず、何となく大衆演劇のノリで、観客はミュージカルを観に来たのではなく森繁久彌を観に来ている感じだった。
彼が舞台に登場すると、拍手と「ヨッ!!」という掛け声がかかり、台詞にもいちいち反応して、ナンバーを歌えば大拍手が起きた。
彼はもちろん大スターで、芝居にも歌にも独特のペーソスと味があり、台詞の間といいユーモアの落とし所といい、他の追随を許さない余裕の座長芝居だった。
二代目の西田敏行は、だいぶん若返って、エネルギッシュで軽妙なテヴィエになった。彼らしい独特の愛嬌があってこれまた愛すべきテヴィエだった。
そして今回のテヴィエは3代目のいっちゃん(市村正親)。
代替わりして初めての公演(2004年)も観たが、その時は新しい21世紀版の作品を作ろうという気合を感じたが、あれから20年経って、良い意味での引き算がされて素になったような気がする。敢えての役作りなど殆ど感じさえない、自然体でチャーミングなテヴィエになった。
妻ゴールデは、今回で5度目の共演になる鳳蘭(ツレちゃん)
いっちゃん曰く「最強のゴールデ」だが、宝塚で培った華と実力で他に比べる者もなきゴールデで、たとえ怒ったり嘆いたりしても華やかでどこか品もあり、その大陸的なおおらかさで家族を支える肝っ玉母さんを演じている。
宝塚時代は100年に一度の逸材と言われ、舞台に出てきただけでオーラが光輝いたものだが、その光は50年経った今でも消えてはいない。オールドファンとしては、ただそこ(板の上)にいてくれるだけで嬉しい。
いっちゃんとは蚤の夫婦なので、ハグする時に若干腰を引いて抱きつくのがなんとも微笑ましい。w
ブロードウェイ初演から61年、日本初演から今年で58年目を迎える作品で、初演のキャスト達もその多くが鬼籍に入っている。森繁さんをはじめ、益田喜頓のラビとか、賀原夏子のイエンテ婆さんなんてもう懐かし過ぎる。
役者も変われば脚本も少しづつ変わり、初演の頃は歌える役者達の集団だったが、今では基礎から叩き上げたミュージカル俳優たちの手で作品の質は確かに上がった。そして脈々(万博のマスコットではない)と受け継がれる作品の色と熟成された香りは、代々受け継がれて古びることはない。
長年同じ役を演じている役者さんたちが多いので、その安定感のある確かな演技力で、安心して作品世界に浸れるのも利点。
余談だが、「ええと…ピーチックさん」「パーチックです!」というギャグは、確かその昔に森繁がさんが言ったアドリブだと思うのだが、今回のいっちゃんの台詞にもあって、しかもちゃんと笑いを取っているのには天晴れと言うしかない。(笑)
ここで他のキャスト達の感想もちょい足ししておこう。
長女ツァイテルの美弥るりか。宝塚時代から独特の個性を持ち、退団してからもジェンダーに拘らずその個性に合うミステリアスな役柄が多い気がしたが、一転、この明るくしっかり者の長女にストンと収まった。顔のそれぞれのパーツが大きいので表情が豊かでまさに大舞台向き。
次女ホーデルの唯月ふうか。歴代のホーデルの中でも一番少女らしく見えるが、芯の強さは歴代一のような気もする。逮捕されシベリア送りになった恋人パーチックを追って故郷を離れるが、駅での父親との別れが涙を誘う。もっとも私の涙はホーデル自身ではなく見送るしょぼくれたテヴィエに対してだ。愛する娘を手離したくない、でも止められない。せめて娘の行く先に災いがない事を祈るだけしか出来ない父親の姿が哀れでならない。
三女チャヴァの大森未来衣。丸顔で可愛らしく演技もしっかりしている。本好きの大人しい少女が、ためらいながらも禁断の恋におちるのを丁寧に演じていて好感が持てる。初期の公演よりもチャバとフョードカの場面が多くなっていて、その分テヴィエの失望がより鮮明になった。
ではそれぞれの運命の相手についてひとまとめに。
モーテルの上口耕平。今回一番驚いた人。15年位前の「スーザンを探して」のアンサンブルで目をつけて、それから浅ーく応援してきたけれど、今回のモーテルは絶品。気が弱くておどおどしている青年がツァイテルへの愛ゆえに一発奮起するその過程が素晴らしい。元々ダンサーなのでダンスは鉄板だし。
パーチックの内藤大希。賢く行動的で社会を良くしようという志の高い学生。高い自負心を持っていても決して尖り過ぎないのが大希君の持ち味。レミゼのマリウスで感心してからずっと信頼を裏切られたことのない実力者。歌は抜群に巧いし口跡も良い、子役からの長い芸歴も財産になっているのだろう。
フョートカの神田恭平。この人の芸歴も長い。真面目な学生で同じく本の好きなチャヴァに魅かれる。抜群の歌唱力で、酒場での大騒ぎの際に歌う大ナンバーが魂を持って行かれるほど素敵。昔はこのナンバーだけオペラ歌手が歌っていたが、フョートカが歌うことによって彼のユダヤを下に見ない公平性も示せて一石二鳥。
そして忘れてはならないのが我らのアイドル楢原じゅんやくん。
若く見えるけれど、結構いい歳w。でもダンスで鍛えた体は柔軟性があってしなやか。結婚式の場面では超絶技巧のボトルダンスがあるのだが、そのリーダー格で最初からボトルを頭に乗せて踊る。歌はソロがないのでわからないのだが、音楽座出身なので悪かろうハズがない。台詞は声質がよく響くし、大作のアンサンブルとしてのキャリアも豊富だ。知り合いが出演するとモブシーンでもつい探してしまってすっかり身内気分になる。親戚のオバちゃんとしては、これからもずっと舞台の上にいるじゅんやくんを観ていたい。
それにしても、観客の立場によって舞台の見方も違ってくるもの。若い頃は娘たちの恋愛模様が一番の見どころだったが、今は離れてゆく娘たちを想うテヴィエとゴールデの気持ちが痛い程わかる。いつの世も子を思う親の愛は尽きることがない。
この作品がこんなにも長く上演されているのは、やはり内容に普遍性があるからに他ならない。家族の愛や仲間との絆、民族の誇り。21世紀の現代においても未だに続く混沌とした世界情勢。
私は長い間、謂われなき迫害を受けてきたユダヤ民族に同情してきたが、昨今のガザの悲劇等で、その価値観も変わりつつある。
ネタニエフやプーチンに言いたい。目には目をでは何も解決しない。憎しみからは更なる憎しみしか生まれない。聖書は隣人を愛せと謳っている。モーゼの十戒にも人を殺してはならないと書いてある。憎しみや欲望に、神は微笑まない。
終幕、村の人々は別れを惜しみながらそれぞれの旅立ちを迎える。テヴィエ一家は親戚のいるアメリカへ。ツァイテル一家はポーランドへ。チャバ夫妻もロシアを嫌ってポーランドへ。
後の時代の私達は歴史を知っているので暗澹たる思いに捕らわれてしまうが、どうか生き延びて、再び家族が抱き合える日が来ることを祈りたい。
朝焼けの中、荷車を押しながら坂道を上がってゆくテヴィエ一家。それを肩を落として悲しそうなヴァイオリン弾きが見送る。それに気づいてついて来いと手招きするテヴィエ。嬉しそうについてゆくヴァイオリン弾きの姿に何故か涙腺が緩んだ。
新しい世界では不安定な屋根の上ではなく、大地の上で思い切り愉快な調べを奏でて欲しい。誰のために?ユダヤ人のために?
いえ、世界中の平和を願う人々のために。
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