【 ゴースト&レディ 】

 

     「俺は、信じたいものを信じた!!」

 

私としては珍しく、今回は生舞台を1回、配信を2回観ての忘備録。

追加のチケットがどうしても手に入らなかったので、アーカイブ付きの配信は涙が出るほど嬉しかった。出来ればあと数回、いやエンドレスで飽きるまで観たかった。そのくらい、この作品は私の心の琴線をかき鳴らした。

 

壮大でしなやかに生き抜く力を描き出す、信念を貫くフローレンス・ナイチンゲールと劇場のゴースト、グレイとの永遠の愛と絆の物語。(HPより)

キャッチコピーは「この愛は絶望を知らない」

 

あらすじはあらためて書く必要もないだろうから追々と。それと毎度の事で真に恐縮だが、相変わらずネタバレ満載なのでご注意を。

 

1度だけの観劇は2階最前列センター。高所恐怖症としては辛い席だが、真下さえ覗かなければ何とかOK。何より視界は良好でライティングも綺麗に映えて2階席も悪くはない。

この舞台が大層評判が良いのは知っていたが、原作(漫画)も読んだ事はないし、PVもまだ観ていないまっさらの状態での観劇。少しは下調べした方が良いかもとは思ったが、結論としては何ら問題はなくストンと物語に堕ちた。

 

ランプの光がすうっと飛んで、落ちた先にグレイがまさにボワっと現れ、物語を語り始める。単なるMCなのかと思ったら、どうやらこの舞台は彼が創った処女作のお披露目で、我々観客は劇団四季の舞台ではなく、グレイが創った「ゴースト&レディ」の物語を観る観客、という構造らしい。

 

幕開きはグレイが棲みついているロンドンのドルリーレーン劇場。好評のうちに芝居が跳ね、したり顔で客席に座っているグレイにフロー(ナイチンゲール)が話しかける。

「シアターゴーストのグレイですね。お願いがあります。どうか私を殺して下さい」

自分が見えているだけでも驚きなのに、いきなり自分を殺せという娘に呆れるグレイ。そしてその理由が自分の使命が家族に理解してもらえないから、というのに「けっ!!」と思いながらも、その瞳の真摯さに圧されて彼女の家族に会いに行く気になる。こんな女が絶望する姿が見てぇから、という理由で。

 

フローの家はイギリスでも指折りの名家で、おりしもアレックス・ノートンという貴族の青年がフローにプロポーズをするために訪れていて、どうせお嬢様の気まぐれと思っているグレイの思惑に反して、これをきっぱりと拒否し従軍看護婦としてクリミア戦線に赴くと告げる。

 

グレイと同様に「はて?」と思わないでもない。家族の理解が得られないから絶望して死にたい。でも自分はクリスチャンだから自死は出来ない、かといって誰かに殺人者の汚名は着せられない。クリミアに行けたとしても数々の苦難が待ってるだろうから、また絶望するかもしれない。だからその時のためにグレイに一緒に行って欲しい。

 

はて?なぜ絶望することが大前提なのだろう。16歳の時に天啓を受けて自分の使命を悟り、何もかもを振り切って強い意志で傷つき病む者のために人生を捧げようと決意したはず。それだけの決意があるのなら家族の反対など押し切って神の命じるままどこへでも行けばいい。ジャンヌ・ダルクのように。

 

だがよくよく考えてみれば、フローが生きた時代は19世紀のヴィクトリア朝。21世紀の現代とは社会構造も価値観も大きく違う。ましてやフローの属する上流階級での家族のあり方は、今を生きる我々のそれとは明らかに違う。個よりも家の時代なのだ。

そして当時の看護婦というのは、医療技術など何もない食事や排泄等の身の周りのお世話をするだけの下女に過ぎず、行く場所のない女性たちが金のために雇われる卑しい職業だったのだ。

 

そりゃ家族も大反対するし軟禁もするだろう。史実でも家族に自分の意思を伝えてから実際に看護婦になるまで8年かかっている。その間孤独な闘いを続けてきた彼女が絶望して死にたくなるのはわかる気がする。まさに彼女はTo

be or not to beの世界を生きていたのだ。(因みにこの舞台では、演劇好きなグレイの台詞の中にシェイクスピアの有名な一節がいくつも出てくる)

 

陸軍大臣の命を受け、自分を慕う若きエイミーを加えた38人の看護師団の団長として、陸軍の野戦病院があるトルコのスクタリに出港したのはフロー34歳の秋。傍らには「しょうがねぇなぁ」と言いながらも影のように寄り添うグレイの姿が。

因みに旅立つフローたちが歌う〈走る雲を追いかけて〉がとってもノリのいい曲で、フローを先頭にレミゼ隊列で(3角形ね)歌い踊る看護団のシーンの真似をしては悦に入る私も、なかなか可愛い奴である。(笑)

 

2か月間かけて辿り着いた野戦病院は想像以上に酷い所で、床下に溢れた下水が壁を伝わるまでになり、耐えられない程の糞尿の匂いに満ち溢れていた。シーツは一度も洗われていない有様で、毛布も包帯さえなく、兵隊達は粗末な食事でやせ細り寒さの中で次々に死んでいった。

フローたちは不眠不休で献身的に働き、問題を一つ一つ解決してゆく。

 

様々な困難がフローの前に立ちはだかるが、最大の敵は陸軍病院の最高責任者である軍医長官ジョン・ホール。兵士たちの事は露ほども思わず、自分の保身と名声だけを追い求める卑しい魂の男。

舞台上でも相当悪い奴だが、実在したホールは数倍も嫌らしい男で、ありとあらゆる手段を駆使してフローを貶めようとする。

「タイムズ」の従軍記者ハワード・ラッセルによって本国に伝えられたフローたちの献身は英雄と讃えられ、「クリミアの天使」と呼ばれ、ヴィクトリア女王からも直接の感謝の手紙が届く。

 

業を煮やしたホールの指示で暴漢に襲われたフローを間一髪で救ったのは、衛生委員会の一人として本国から派遣されたアレックスだった。君を守ると歌うアレックス。そしてそれを高みから目にするグレイ。

フローは気づく、自分が求めているのは守ってくれる誰かではなく前へ進む勇気をくれる人だと。そしてグレイもまた、アレックスの存在によってフローへの特別な感情に気づく。

とり憑いて絶望するのを見届けて殺すつもりでいたのに、困難に会う度いつも彼女を助けその背中を押してきたのは自分だったのだから。

 

ここで互いへの想いをはっきりと認識した二人が歌う〈不思議な絆〉はとっても感動的な曲で、舞台の上手下手からそれぞれが階段を上り、装置がググっと動いて真ん中に出来た階段を二人で歌いながら降りる姿が、二人が同じ方向を向いていた事を象徴する大変印象的な幕切れだった。

 

2幕はもう怒涛の展開だが、ここからのあらすじは詳しくは書かない事にする。ただ前述したアレックスとエイミー、そしてフローが命を救った17歳の少年兵ボブ。そしてグレイとは因縁のある新たな敵であるデオン・ド・ボーモン(彼女もゴースト)がキーマンになる事だけお伝えして、これからは主演二人の役者さんの感想を少しばかり。(と言っていつも長いが)

本当はメインキャスト全員の感想をかきたいのだけれど。もう既に長すぎる文章なので却下。(笑)

 

グレイ役のハギさん(萩原隆匡)

あまり四季の舞台を観に行かなくなった私だが、劇場に行くといつもハギさんがいる。その昔のウエストサイドのベルナルドだったし、アラジンのカシ―ムだったし、最近の我が地方での公演ではロボットインザガーデンのカトウ役だったし、クレイジーのボビーだった。やはりご縁があるのかな。

どれも印象的な役だったけれど、今回のグレイはもう最高だった。語彙力が無くて申し訳ないが、もう最高としか言いようがない。

振り付けもするダンサーなのでダンスの上手さは言うまでもない。その重力のない流れるようなダンスや身のこなし。人間だった頃の酒場での弾けるようなダンス。歌も、あれ?こんなに上手だったっけ?と思わせてくれる程の出来栄えで聴いているだけで心が震える。

なにより芝居がいい。クールで皮肉屋で時にお調子者で、口は悪くてもフローを見つめる瞳は限りなく優しい。そしてフローを守るために命がけで戦う。(むろん既に命はないが)フローと共に殆ど舞台上にいるが、どのシーンでも全ての要素で過不足なく完璧。全身灰色だがクラシカルな衣装も良く似合って美しい。

これは女子はヤバいでしょう。私も忘れかけた乙女心がズッキンコしました。これから再演を繰り返す作品でしょうが、私のグレイは永遠にハギさんです。(オイオイ)

 

フロー役のシオンちゃん(谷原志音)

彼女の舞台は初演の頃のアリエル以来で2度目。よく通る声で四季のメソッドを上手に受け継いでいて、台詞も歌声もとてもクリアで聞き取りやすい。持ち前の硬質な芝居がフローの生真面目さによくフィットして、実在したナイチンゲールその人もきっとこんな人だろうと思わせてくれる。

終幕の彼女はもの凄い迫力で圧倒する。彼女の一番の武器はその強くて張りのある歌声で、最後のジョン・ホールとの雪の中の対決は圧巻だった。

偽善者めと罵るホールに向けて、「そう思いたいならそれでいい、私は私を求める人のためにその偽善を貫く。私を殺しても私の意思を継いでくれる人はきっと大勢いる。さぁ、撃てばいい!!」と両手を広げて立つフローはまるで燃え盛る鬼神のようで、思わず総毛立った。

 

フローを守るために、ホールの手先となったデオンとの一騎打ちで、互いに刺し違えて塵となって消えてゆくグレイ。吹雪の中で消えたグレイを求めて泣き叫ぶフロー。

「(本当の絶望は)今よ、今なのよ、グレ~~イ!!」

共感とか共鳴とかそんなレベルではない。彼女の絶叫が鼓膜を突き抜けて心臓で爆発した。私はフローと一体化した。痛くて痛くて涙が溢れた。

 

話は少し戻るが、陸軍との対立や仲間の看護師の殉職、ホールの執拗な嫌がらせと急激に増えた患者の死亡率の高さ、そして頼りにしていたアレックスやエイミーとの別れ。すっかり絶望してしまったフローはグレイに死を求めるが、グレイは要求に答えず自分の過去(生きていた頃)を見せる。

そのあまりに悲惨な人生を知り、グレイの深い絶望を理解するフロー。

その日から不思議な絆で結ばれた二人は、互いの照らし合うランプのように寄り添って苦難を乗り越えてゆく。

 

この物語の核は、信念を貫いたフローの物語であると同時に、そんなフローを最後まで信じぬいたグレイとの愛の物語であり、「信じて生きぬくこと」へと強いメッセージが込められている。そういう点では劇団四季が掲げる「人生は素晴らしい。生きるに値する」という理念にとても合致している作品だと思う。

 

技術面では役者の出来栄えも最高だが、何よりも高橋知伽江さんによるグレイの視点で劇中劇に昇華させた見事な脚本に脱帽した。同じ脚本家の「バケモノの子」が予想以上に良かったから期待をしていたが、それを上回る出来栄えだった。

音楽も耳馴染みのよい癖になりそうな旋律が多く、私がもう日常的に鼻歌化しているのがヴィクトリア女王が歌う〈限りなき感謝を〉だ。私が役者だったらあの役をやってみたいなぁ。(笑)

 

装置も衣装も演出家のスコット・シュワルツさんを頭とするクリエイティブチームの働きも素晴らしくて、特にイリュージョンが秀逸。それもこれ見よがしの仕掛けではなく、こうあって欲しいところにちゃんと嵌まるいうのがプロのお仕事だと思った。

全体的に劇団四季の高い技術水準とプロ意識の高さを感じられた舞台で、配信でのカメラワークやカメラ割りも抜群に良くて、国産ミュージカルでこのレベルの作品を創ってくれた全ての関係者に、それこそ限りなき感謝を。

 

私は看護師ではないが、医療従事者であり、コロナ禍でのナース達の奮闘をまじかに見てその苦労をよく知っている。そしてその基盤となるナイチンゲール理念は今も受け継がれて日々の仕事のベースとなっている事も知っている。そんな環境もあってよりダイレクトに響いたかもしれない。ナースの仲間達にも観せたい舞台ではあったが、いかにせんミュージカルに興味があるナースが身近にいない。ううむ。

 

物語の終幕、グレイなき後の54年を懸命に生きて90歳の天寿を全うしたフローに優しい奇跡が起こる。フローを看取った年老いたボブの台詞の通り、「とても美しい物語のハッピーエンド」には違いないが、なんとも切ないハッピーエンドだった。

グレイがそっと渡したランプを掲げて天国へと旅立つフロー。舞台全体を覆いつくすように降りてきた無数のランプは、彼女の後に続いた幾千万もの看護師たちが掲げた希望の灯だ。もっとも今はオイルランプではなくてLEDライトだが、その理念は彼女が望んだとおりに現代まで脈々と受け継がれている。

 

グレイ、あなたの処女作「ゴースト&レディ」は私達に得も言われぬ感動を与えてくれて大成功だった。なので願わくばあなたを待ち続けている人の元に行ってあげて欲しい。もう100年以上も経ってしまったけれど、彼女は今もきっとあなたを待っているから。

美しい物語をありがとう。貴方にも限りなき感謝を。